Gibson J-200の歴史
※下記の第◯期という名称は、便宜上付けたもので正式なものではありません。
J-200の第一号機は1937年カントリー歌手Ray Whitleyの為に
作られたSJ-200。
そのReissueが1994年にギブソン社100周年に37年に因んで、
37本だけ限定生産されました。
現行のSJ-200WestanClassicの原型になったモデルです。

第一期(戦前)

SJ-200の生産ラインが始まったのは1938年。
作られた本数がたったの96本という超レア物。
サイド&バック材がローズウッドでブリッジ・サドルが各弦に
一つずつ付いていて弦高調整出来るようになっています。
しかし、第一期のモデルにもメイプル・ボディーの物が有り、
そのメイプル・ボディーのReissueが1994年ギブソン社の
100周年記念モデルとして、100本限定生産されました。

第二期(1947年〜53年頃)

この頃のSJ-200はスプルース・トップにメイプル・ボディー
という仕様。以後この仕様で現在に至っています。
この頃、初めてナチュラル仕上が登場。
そのナチュラルのReissueもギブソン100周年記念モデルとして
100本限定生産されました。

第三期(1954年頃〜59年頃)

この頃から、たんにJ-200と呼ばれる様になりました。
ラベルが白からオレンジに変わり、ピックガードの縁取りも
無くなりました。

第四期(1961年頃〜69年まで)

ブリッジにチューン-O-マチック等のアジャスタブル・タイプが
搭載されました。
この頃の物までがヴィンテージとして価値が有る様です。

第五期(1970年頃〜80年代前半)

ブリッジが、それまでのマスターシュ・ブリッジとは違って
この時期特有の形状になっています。
このブリッジが、この時期のDOVEにも使われている事を
考えるとコスト削減の為なのでしょう。

第六期(80年後半〜94年頃まで)

ブリッジの形状は、マスターシュ・ブリッジに戻りましたが
装飾は、いたってシンプルです。

第七期(95年頃〜現在)

50年代の黄金期のJ-200をReissueしたモデルを通常ラインで
生産したり、カスタム・ショップによる様々なバリエーション
のJ-200を市場に登場させています。


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